2024年度「調査研究助成報告」
Ⅰ.一般部門
A.福祉の向上関係
(1) 2023年度 1年助成
介護保険事業者の防災力向上策に関する研究
―“ジレンマ・ダイアローグ”による BCP 補強策の検討―
研究代表者関西大学 社会安全学部 教授 近藤 誠司
■要旨
自然災害のリスクが高まるなかで、厚生労働省は介護保険事業者に対してBCP(業務継続計画)を策定することを義務付けるようになった。しかし、現場からはBCPの実効性に対して懸念する声もあがっている。そこで本研究では、BCPを補完する手法として、“ジレンマ・ダイアローグ”による研修ツールを開発・提案し、そのポテンシャルを測定することにした。高槻市介護保険事業者協議会の協力のもと、当該手法のワークフローを確立し、実際に演習を試行した結果、ほとんどの参加者から災害対応に関して考えが深まった等のポジティブな反響を得ることが出来た。今後は、“ジレンマ・ダイアローグ”による研修を繰り返すなかで、実際にBCPが強化されBCM(業務継続マネジメント)が担保されるという「正の循環」が生み出されるような、連続的なアクションが求められる。
B.健康の維持・増進関係
(1) 2023年度 1年助成
地域在住高齢者の手指機能評価の開発と
新たなリハビリテーションの構築
研究代表者大阪河﨑リハビリテーション大学 講師 今井 亮太
共同研究者
三重大学医学部附属病院 久保 峰鳴
オズ貯筋クラブ 室井 明日香
■要旨
【目的】本研究は,高齢者におけるペットボトルの開封動作を定量化し,その可否に影響を与える運動因子を明らかにすることを目的とした。【方法】デイサービス利用者を対象に、握力、ピンチ力、ペットボトルの開封時のトルク値を測定した。トルク測定にはペットボトル型回転トルク評価機器を使用し、感圧センサーを用いて把持力も記録した。LASSO回帰分析を用いて開封可否に関連する因子を選択し、ロジスティック回帰分析で検証した。さらに、トルク値の決定因子をLASSO回帰および重回帰分析により評価した。【結果】最終的に66名を解析対象とし、24名(36.4%)が開封困難群に分類された。LASSO回帰分析の結果、開封可否に関連する主要因は「トルク値」「把持する力」「親指圧」であった。ロジスティック回帰分析では、トルク値(オッズ比: 27.98, p = 0.003)と親指圧(オッズ比: 1.105, p = 0.035)が有意な予測因子であった。また、トルク値の決定因子として「把持する力」と「右手の握力」が有意であった(p < 0.001)。【結論】ペットボトルの開封には、単なる握力だけでなく、トルク値の発揮が重要であり、特に把持力と右手の握力が関与することが示された。本研究は、ペットボトルの開封動作がサルコペニアやフレイルのスクリーニング指標として有用である可能性を示唆する。
高齢者の孤独感を軽減するVirtual Reality(VR)プログラムの開発
研究代表者京都府立医科大学大学院 精神機能病態学教室 大学院生 今井 鮎
共同研究者
京都府立医科大学大学院 精神機能病態学教室 松岡 照之
京都府立医科大学大学院 精神機能病態学教室 中山 千加良
京都府立医科大学大学院 精神機能病態学教室 橋本 菜那
■要旨
背景:高齢者は慢性的な病気や親しい人の死別などにより孤独感を抱えることが多いが、孤独感が高まると特に認知症などの病気のリスクが高まるため、早急な対応が必要である。
目的:本研究は、高齢者の孤独感を低減するVRプログラムを開発し、それが認知機能や精神症状などにどのような影響を与えるか評価することを目的としている。
方法:12人の参加者をグループ1とグループ2に分け、グループ2を対照集団とする。VRプログラムは6回実施され、グループ1は最初の6か月間参加し、その後6か月間観察期間となる。グループ2は逆のスケジュールで参加する。
結果:現時点で2例に対するVR介入が終了しているが、この2例についてはトラブルなく介入を完遂できた。
結論:VR足湯は認知機能に懸念がある高齢者でも気軽に楽しめるコンテンツであり、孤独感の改善に役立つ可能性がある。
日常生活機器使用困難からみる地域高齢者の
生活機能と脳機能との関連調査
研究代表者関西医科大学リハビリテーション学部作業療法学科 助教 山下 円香
共同研究者
関西医科大学リハビリテーション学部作業療法学科 教授 吉村 匡史
関西医科大学リハビリテーション学部作業療法学科 助教 橋本 晋吾
関西医科大学リハビリテーション学部作業療法学科 助教 宮原 智子
■要約
認知機能の低下を病的状態に至るより前に早期検出することは、高齢者の予防的自立支援において重要である。先行研究において、わずかな認知機能低下と関連する脳機能特徴を、脳波による神経生理学的指標を用いて検出しようとする試みがなされてきたが、その確立には至っていない。神経生理指標に行動指標を加える必要性があると仮説し、本研究では、地域在住高齢者を対象に、脳波でみる神経生理指標とテクノロジーなどの機器使用能力でみる高次生活能力指標の組み合わせと全般的認知機能との関連を検証した。その結果、神経生理指標と高次生活能力指標の組み合わせは、従来の応用的生活能力指標との組み合わせと比べてより強い認知機能との関連がみられた。本研究結果より、わずかな認知機能低下を捉えるためには神経生理指標に加えて高次生活能力評価を加えることが重要であるということが示唆された。
高齢者の運動教室による息切れ解消のための
呼吸筋ストレッチ体操の実施が呼吸機能の向上に及ぼす影響について
研究代表者天理大学医療学部臨床検査学科 講師 藤原 美子
共同研究者
天理大学医療学部臨床検査学科 助教 福岡 知也
天理市福祉政策課 保健師 加藤 千尋
社会医療法人高清会高井病院リハビリテーション科 理学療法士 中村 洋貴
■要旨
効果的な体操・運動の指導介入はフレイルやサルコペニアの予防と生活の質向上が期待される。高齢者の呼吸筋強化と呼吸機能維持・改善に、継続的な運動が効果をもたらすかを調べた。運動教室を開催し、高齢者9例に呼吸筋ストレッチ体操(RMSG)15分と全身運動15分を3ヶ月間2週間ごとの計10回実施、自宅でも両運動を継続して行うよう指導した。施行前後で息切れスケールのmMRC(Modified Medical Research Council)、呼吸機能、呼吸筋力測定および体力測定し効果を評価した。結果、息切れスケールが改善し、体力測定では全身的な筋力の目安となる握力と下肢筋力を評価する30秒椅子立ち上がりテストと3m歩行の改善がみられた。呼吸機能では肺活量と1秒率がやや増加し、呼吸筋力測定では最大吸気圧が改善した。以上より継続的な呼吸筋ストレッチと全身運動およびその指導介入は、高齢者の全身の筋力と息切れ改善の効果がある可能性を示すものと考えられた。
高齢者のフレイル・認知症と関連する血中脂質代謝物の探索
研究代表者神戸大学大学院医学研究科 立証検査医学分野 特命准教授 長尾 学
共同研究者
兵庫県立淡路医療センター 循環器内科 藤本 恒
神戸大学大学院医学研究科 立証検査医学分野 杜 隆嗣
神戸大学大学院医学研究科 分子疫学分野 篠原 正和
神戸大学大学院保健学研究科 保健学専攻 石田 達郎
■要旨
近年、心血管疾患が、高齢者のフレイルのリスク因子となることが報告され始めた。今回、高齢化が進む兵庫県淡路島にて実施中の慢性心不全患者の前向き観察研究登録患者99例(平均年齢;74.3歳、女性;32.3%)の血液リピドミクス解析を行った。セラミド(d18:1/24:1)が、統計上有意にClinical frailty scaleと正相関を示し(R=0.31)、Barthel indexと逆相関を示した(R=-0.32)。また、ABC dementia scaleと負の相関を示す、セラミド、ジアシルグリセロール(DAG)を複数種認めた。DAGについては、脂肪酸鎖にパルミトレイン酸(16:1)を有する種別が高いと認知機能が悪くなるという傾向を示した。
高齢心不全患者の血液リピドミクス解析により、既報にはない脂質代謝物とフレイル・認知機能との関連が示唆された。今後さらなる詳細な検証が必要である。
健康長寿の基盤となる
主観的幸福感(subjective well-being)向上に向けた探索研究
研究代表者兵庫医科大学医学部総合診療内科学 助教 庄嶋 健作
共同研究者
東北大学 田淵 貴大
兵庫医科大学 長澤 康行
■要旨
健康長寿の実現にはサクセスフルエイジングが重要であり、主観的幸福感の向上がその基盤となる。本研究は、地域在住高齢者の主観的幸福感に寄与する要因を明らかにすることを目的とし、自立した高齢者のコホート調査(FESTA研究)のデータを用いた。WHOQOL-BREFを用いて『楽しさ』、『人生への満足感』、『人生の意味』を評価し、541名を2年間追跡した。横断的解析では、睡眠満足感、医療施設へのアクセス満足感、高次生活機能の保持が『楽しさ』や『人生への満足感』と正の相関を示し、80歳以上と経済的余裕は『人生の意味』と関連した。縦断的解析では、高次生活機能の保持が『楽しさ』や『人生への満足感』の改善群と、女性であることが『楽しさ』や『人生の意味』の改善群と関連した。研究をさらに推進し、高齢者の主観的幸福感向上につながる政策や地域での取り組みに貢献する具体的な介入策を探索している。
(2) 2021年度 1年助成【2年延期】
6分間歩行中の酸素飽和度の変化量を取り入れた高齢心不全患者の
新たな予後予測指標の確立
研究代表者兵庫医科大学 循環器・腎透析内科 病院助手 砂山 勇
共同研究者
兵庫医科大学 循環器・腎透析内科 閔 庚徳
兵庫医科大学 循環器・腎透析内科 織原 良行
兵庫医科大学 循環器・腎透析内科 朝倉 正紀
兵庫医科大学 循環器・腎透析内科 石原 正治
■要旨
本研究は、退院前の高齢心不全患者における6分間歩行試験(6MWT)中の経皮的酸素飽和度低下(ΔSpO2-Ex)が、従来指標である6分間歩行距離(6MWD)を補完し、予後予測に有用であるかを検討した前向き単一施設研究である。65歳以上の急性心不全患者55名を対象に、安静時最大SpO2と6MWT中の平均SpO2との差分としてΔSpO2-Exを算出し、ROC解析によりカットオフ値6.7%および6MWD 220mを設定。解析の結果、ΔSpO2-Exが大きい群では1年以内の心不全再入院・心血管死リスクが有意に増加し、Cox解析ではΔSpO2-Ex≥6.7%が独立した予後不良因子(HR6.04,p<0.001)であることが示された。さらに、ΔSpO2-Exと6MWDを組み合わせた多変量モデルは、単一指標よりも優れた予測精度(AUC0.78)を示した。これらの結果は、6MWTにおける運動誘発性の酸素飽和度の低下が、心不全患者のリスク層別化において6MWDの補完的な指標となる可能性を示唆するものであり、簡便な予後評価手法として臨床応用が期待される。
(3) 2022年度 2年助成
嚥下障害発症予測を行うための音声バイオマーカーの探索
研究代表者神戸女子大学 家政学部 教授 甲斐 達男
■要旨
本研究では、摂食・嚥下障害を音声解析で診断する技術開発を究極の目的として、高齢者に特異的に現れる特性(音声マーカー)の探索を試みた。嚥下障害は高齢になるに従って発症してくるものであり、高齢者特異的に発現する音声マーカーの中に、嚥下障害を示す音声マーカーが存在する可能性が高い。今回の研究で得られた高齢者特異的音声マーカーを嚥下障害発症者と健常人とで比較解析することによって、嚥下障害を示す音声マーカーを捉えることが出来ると考えた。音声研究の分野では、研究の迅速化・効率化を図るために倫理審査を必要としない音声コーパスが数多く提供されている。本研究では、嚥下機能を回復させるためのパタカラ体操の発語の中から「カ」と「ラ」の発語を含む30歳代と60歳代の男女の音声試料をコーパスの中から抽出し、それらの声紋を比較解析することによって、高齢者に特異的に現れる声紋の特定領域のシグナルが弱くなる特性(音声マーカー)を見出した。
音楽聴取が高齢者の認知能力に及ぼす影響
―ステロイド・ホルモンの動態―
研究代表者大阪樟蔭女子大学児童教育学部 教授 豊島 久美子
■要約
本研究では「予防・保健」としての音楽の利用を視野に入れ、音楽聴取が高齢者の認知能力にどのような影響を与えるかを、テストステロン、コルチゾルおよびオキシトシンの変動と、認知テストを用いて総合的に検証した。19名の被験者(男性5名、女性14名)の高齢者を対象に、一日の中で決められた時間に音楽を聴く活動を5日間連続で続けた。その結果、音楽聴取により認知能力に関連の深いテストステロン値が有意に変化し、コルチゾル値の変化は有意な傾向を示した。また空間認知能力を測定するメンタルローテーションテストの成績は、実験期間前後で有意に増加した。この結果から、日常生活の中に定期的に音楽聴取を取り入れることにより、体内のステロイド・ホルモンを調節し、空間認知能力を改善させる可能性が示された。音楽活動のなかでも“音楽聴取”という高齢者が一人でも実践することのできる簡便な活動が、認知症予防につながる可能性を示した初めての研究である。
高齢者の慢性便秘症に対する運動療法効果の検証
研究代表者甲南女子大学 看護リハビリテーション学部 理学療法学科 芝 寿実子
共同研究者
わかくさ竜間リハビリテーション病院 リハビリテーション科 玉村 悠介
わかくさ竜間リハビリテーション病院 リハビリテーション科 松浦 道子
■要旨
本研究の目的は、高齢者の便秘予防・改善のための運動療法プログラムを作成し、その有用性を検証することである。65歳以上の便秘を自覚する高齢者29名を対象に、6週間の運動プログラムを実施した。便秘の評価にはROME Ⅳ翻訳改変版とConstipation Scoring System(CSS)を用いた。運動介入後、CSSが有意に低下し、特に排便困難、腹痛、排便補助の必要性が改善された。一方、ROME Ⅳによる慢性便秘症の有病率の変化は統計学的に有意でなかった。CSSを従属変数、年齢および骨格筋量指数(SMI)を独立変数とした重回帰分析の結果、SMIは最終モデルから除外され、筋肉量が便秘に直接関与しない可能性が示唆された。本研究の結果から、運動による腸蠕動の促進、骨盤底筋と腹筋の協調性向上、姿勢の改善が便秘症状の改善に寄与する可能性が示唆された。高齢者の運動指導は便秘改善に有効である。
地域在住高齢者を対象とした長時間心電図による
発作性心房細動のスクリーニングの有用性
研究代表者近畿大学医学部 田中 麻理
共同研究者
近畿大学医学部 今野 弘規
国立国際医療研究センター
グローバルヘルス政策研究センター 磯 博康
大阪健康安全基盤研究所 清水 悠路
■要旨
7日間の長時間心電図検査による発作性心房細動のスクリーニングの有用性を検討することを目的として、地域在住の心房細動既往歴のない循環器疾患ハイリスク高齢者を対象に調査を実施した。令和6年9月1日から令和7年1月31日までの調査期間中に、近畿大学病院の通院患者5名および大阪府O市の住民34名の計39名が本研究に参加した。研究参加者39名中2名(5.1%)に心房細動が検出された。本研究の検出率は、大阪府Y市の2019年度の健診を受診した本研究と同基準のハイリスク高齢者253名に対して行われた12誘導心電図検査による検出率(0.4%)よりも有意に高かった(p=0.048)。本研究結果から地域住民を対象とした長時間心電図検査は一般的な健診で使用される12誘導心電図検査よりも発作性心房細動のスクリーニング検査として有用であると考えられた。
C.分野横断的課題
(1) 2023年度 1年助成
地域に暮らすフレイル高齢者へのアドバンス・ケア・プランニング
(ACP)プログラムの開発と実現可能性の評価
研究代表者
キングス・カレッジ・ロンドン シシリーソンダース緩和ケア研究所博士課程 藤本 実希
共同研究者
ハル・ヨーク医科大学 ウルフソン緩和ケア研究センター Jonathan Koffman
兵庫県立大学 看護学研究科 博士後期課程 永田 伊都
関西学院大学 人間福祉学部 坂口 幸弘
キングス・カレッジ・ロンドン シシリーソンダース緩和ケア研究所
サセックス・コミュニティNHS財団トラスト Catherine J. Evans
■要旨
目 的:
「ACP準備トーク」の受容性と忠実性、参加者のアドバンス・ケア・プランニング(以下ACP)のレディネスへの影響を明らかにすることを目的とする。
研究方法:
システマティックレビューと質的インタビュー調査をもとに、フレイル高齢者のACPのレディネスを高める介入「ACP準備トーク」を開発した。本調査では、単群混合研究法を用いて「ACP準備トーク」の実施可能性を評価した。「ACP準備トーク」は(1)ケアマネジャーへの研修および、(2)「ACP準備トーク」の実施で構成される。ケアマネジャーへ質問紙調査を実施し、高齢者と家族へは半構造化インタビューを実施した。両データセットの結果は、収束デザイン(Convergent Design)に基づき統合・分析した。
結 果:
28名のケアマネジャーが①研修に参加し、そのうち6名が②「ACP準備トーク」介入を実施した。介入には高齢者10名と家族介護者1名が参加した。プロトコル全15項目のうち13項目は、すべてのケアマネジャーによって実施された。
すべての参加者が「ACP準備トーク」は役に立つと評価し、ケアマネジャーのACPに対する理解が深まり、抵抗感が軽減された。高齢者からは安心感が報告され、すべての参加者においてACPのレディネスが一定程度高まったとされた。さらに、4名のケアマネジャーとすべての高齢者および家族介護者が、介入による負担感は低かったと報告した。
考 察:
「ACP準備トーク」介入は、すべての参加者から重要かつ受け入れ可能なものとして認識された。ケアマネジャーにとっては認知度の低い概念であったが、介入の受容性は高かった。また、高齢者にとっては現在の安心感と将来のケアを考える機会を提供した。しかし、実際に「ACP準備トーク」を実施した参加者は限られていた。今後は、実装上の障壁を明らかにし、関係者と協働して介入内容を見直すことで、日々のケア実践に適応可能な形に修正していく必要がある。