
助成事業調査・研究助成の過去助成状況
2007年度「研究助成報告書」
I.特定部門
後期高齢者における転倒予防のための下肢筋力とバランス能力改善を目指した新たなリハビリテーション作成に関する研究

大阪市立大学大学院 中雄勇人

大阪市立大学大学院 吉川貴仁、島根大学 原丈貴、大阪市立大学大学院 汪立新、大阪市立大学大学院 鈴木崇士、大阪市立大学大学院 藤本繁夫
■要旨
虚弱高齢女性を対象に、転倒予防につながる新たなリハビリテーションとして、下肢筋力の左右差を是正すると共にバランス能力や歩行能力を改善可能な、下肢の左右の筋力に合わせた筋力トレーニングと、おもりを用いた歩行訓練を実施し、その効果を検討することを目的とした。
リハビリテーションは、下肢筋力の差が20%を超えた場合には左右の筋力差を是正するよう負荷量を調節した3種目の下肢の筋力トレーニングと下肢におもりをつけた状態での歩行訓練を実施した。
リハビリテーション前後において、下肢筋力は88.1±30.4Nから126.4±31.9Nに、下肢筋力の左右差は29.0±16.6%から14.6±12.9%に有意(p<0.05)に改善し、開眼片足立ちの項目においても改善が認められた。さらに、下肢筋力やバランス能力の改善がTimed Up and Go testの改善や転倒恐怖感の改善につながったと考えられる。
よって、新たなリハビリテーションは、下肢筋力に合わせた負荷を調節することにより、下肢筋力やその左右差、歩行能力を改善することが可能であり、転倒予防も含めた虚弱高齢者の自立した日常生活に復帰するための有用なプログラムになりうると考えられる。
介護保険における「新予防給付」対象者の、転倒、転倒に対する自己効力感、身体機能および生活機能の低下を予防するプログラム効果検証

大阪府立大学総合リハビリテーション学部 樋口由美

元大阪府立大学総合リハビリテーション学部 長野聖、大阪府立大学総合リハビリテーション学部 淵岡聡 、大阪府立大学総合リハビリテーション学部 林義孝
■要旨
2007年4月に改定された介護保険制度における新予防給付の対象者層135名を対象に、マシントレーニング、バランストレーニング、学習による認知リハビリテーションを中心としたプログラムの実施を通じて、けがを伴う転倒、転倒リスクおよび身体・生活機能を評価指標として各プログラムの効果を検討することを目的とした。 1)プログラム継続期間による比較:身体機能の維持は、マシントレーニングの継続期間に依存しており、1年以上の継続者が好成績であった。このうち、80歳以上を抽出した比較でも、認知リハビリテーション継続者に比して身体機能、生活機能は高水準であった。 2)3ヶ月間の変化比較:3つのプログラムともに、中止群では身体・生活機能が低水準もしくは低下傾向であった。3ヶ月間のバランストレーニングは、転倒への自己効力感と身体機能に改善をもたらした。認知リハビリテーション群の中では1年以上継続者の高機能は顕著であり、特に身体機能が有意に高く維持されていた。 3)観察期間中(5ヶ月間)、転倒による骨折発生率は、マシントレーニング継続者で1.7%、バランストレーニングを半年以上前に終了した者7.1%、認知リハビリテーション継続者では報告されなかった。けがを伴う転倒発生状況の経時的変化は、マシントレーニング継続者が最も低成績であった。 以上の結果から、マシントレーニングによる運動器への長期介入により、80歳以上の高齢者においても生活機能と身体機能の維持・向上に貢献すること、認知リハビリテーションにおいても1年以上の長期継続は身体機能に対し効果的であることが示された。一方、マシントレーニング継続者は身体・生活機能が高い反面、けがを伴う転倒の可能性が高いことが示唆された。
II.一般部門
A.福祉の向上関係
(1)H17年度1年助成
男性の独居虚弱高齢者における「閉じこもり」の実態とその関連因子の検討

大阪市立大学医学部看護学科 河野あゆみ

大阪市立大学医学部看護学科 板東彩
甲南女子大学看護リハビリテーションセンター 津村智恵子
■要旨
本研究の目的は男性の独居虚弱高齢者における「閉じこもり」の実態とその関連因子を明らかにし、男性の独居虚弱高齢者への支援の基礎資料とすることである。調査対象を虚弱な独居高齢者とし、一次調査では郵送による質問紙調査、二次調査では看護師による訪問面接調査を行い、性別による身体・心理・社会的特徴を比較した。訪問完了者79人(男性12人、女性67人)を分析対象とした結果、男性では100%、女性では79.3%の者が「週に1回以上」の外出をしていた。身体的特性では、男性は転倒不安のある者(p<0.05)、友人の家をたずねる者(p<0.01)、食事の支援をしている者(p<0.05)が少なかった。心理社会的特性では、男性は抑うつ傾向にある者が50.0%であり、家族関係(p<0.05)や友人関係(p<0.05)に満足していない者が多かった。以上より、男性の独居虚弱高齢者の「閉じこもり」の特徴は外出頻度は維持されているが、抑うつ傾向があり、家族や友人とのつながりが弱く、心理社会的に孤立した状態にあると考えられ、女性より心理社会的支援がより必要な対象であることが明らかになった。
安全な福祉移送サービス支援に関する研究

兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所 北川博巳

大阪大学大学院工学研究科 猪井博登
大阪大学大学院工学研究科 谷内久美子
■要旨
介護予防を中心とした介護保険の改正や社会参加の促進で、高齢者が外出する機会が増大することが予測される。その反面、体力が低下し運転の出来ない高齢者にとっては移動能力が極端に落ちてしまい、参加機会が減少するために閉じこもり・引きこもり状態になる高齢者も存在すると考えられる。高齢者の移動性を確保することは重要であり、交通手段も徐々に充実しつつあるが、近年はボランティアによる福祉移送サービスの期待が高まっている。これまで道路運送法80条で違法行為とされていた部分もあったが、現在は運営協議会を自治体で設置し、各機関と調整すれば運行も可能となってきた。福祉移送サービスは、移動制約者にとって非常に重要な交通手段となりうると考えられる。今後これらの交通手段を実際の交通システムとして位置づけて、一人でも多くの高齢者が社会参加できる機会を増やさねばならない。本研究は福祉移送サービスの安全運転や運行管理の効率化を研究するために、福祉移送サービスを実施する団体の車両に運転レコーダーを搭載し、移動の実態や車両の挙動を調査することにより、移動サービスの運行形態や安全運転などに着目した分析を行う。
特別養護老人ホームにおける高齢者介護サービス従事者の健康問題、および高齢者のよりよいケアのあり方に関する調査研究

大阪府立大学公衆衛生研究所生活衛生課 冨岡公子

羽衣国際大学人間生活学部 新井康友、耳原総合病院精神科 東崎栄一
大阪府立大学総合リハビリテーション学部 樋口由美
■要旨
新設特別養護老人ホームで働く職員の健康問題および高齢者のよりよいケアのあり方に関する事例を検討した。 7施設の責任者に『腰に痛みなどを訴えている介護職員の有無』を尋ねた。1施設は『介護職の80%』と回答、それ以外の施設は『数名程度、多くとも5名』と回答した。アンケート調査の結果、介護職員の訴えは、現在腰痛あり70.0%、ここ1ヶ月腰痛あり81.6%、現職後腰痛あり88.6%であった。職業性腰痛の教育を『受けたことがない』と回答した者が73.1%であった。腰痛訴え率では、過去1ヶ月にいつも腰痛を訴える者や現職についてから腰痛を初発する者が、介護職以外より介護職において有意に高かった。 よりよいケアのあり方を検討した結果、生活意欲を高め、身体機能低下を予防する介護方法や、介護者の負担を軽減する介護機器や補助具が有効であった。 介護負担軽減や介護労働者の健康を守るという視点にたった、介護に対する意識改革が必要と考えられる。
(2)H16年度2年助成
特別養護老人ホームにおけるターミナルケアの現状と求められる課題 ―特別養護老人ホームのケアワーカーの死生観とターミナルケアの関連から―

日本福祉大学社会福祉学部 牧洋子

大阪市立大学医学部 石井京子
大阪体育大学短期大学部 野村和子
■要旨
特別養護老人ホーム(以下、施設と略す)は在宅での生活を送ることが困難な高齢者の生活の場として位置づけられると共に、近年は看取りの場としての役割も求められてきている。現在、看取りの場が急速に家庭から病院・施設に移行していき、身近な人の死を体験することが少なくなり、他者の死や自分の死についても意識する機会が減少している。しかし、このような現状であっても病院や施設で働く看護師やケアワーカーは、看取りの経験や学習の機会の有無に関係なく、多くの患者や高齢者の死を経験することになる。看護師については看護実践の向上を目指したターミナル・ケア研究は多いが、ケアワーカーについては余り報告されていない。 本研究は施設のケアワーカーがどのような死生観を持っているのか、看取りの時にどのような介護行動が行われているのかという現状分析を行い、死生観や看取り時のケア行動に関係する要因を明らかにして、今後の課題を検討することである。
B.健康の維持・増進関係
(1)H17年度1年助成
高齢者の生活機能向上を目指した個別運動プログラムの開発

京都大学医学部保健学科 池添冬芽

群馬大学医学部保健学科 浅川康吉
京都市身体障害者リハビリテーションセンター 島浩人
■要旨
本研究の目的は、高齢者にとっても安全で誰でも手軽に取り組むことができ、しかも生活機能の改善に必要な負荷となり得るような運動を個々の身体機能に応じて処方できる簡便な運動プログラムを作成することである。施設に入所している虚弱高齢者における生活能力と体力との関連性を分析した結果、すべての下肢筋力、片脚立位保持時間、FR、重心動揺面積、左右方向の最大随意可動域、ステッピング、SLR角度において歩行可能群と不可能群との間に有意差が認められた。歩行可能群・不可能群との間で有意差が認められた項目の内、膝伸展筋力とFRについて判別分析を行った結果、歩行可否の膝伸展筋力の判別値が15kg、FRの判別値が26cmで、error rateはそれぞれ26.8%、22.9%と良好であった。 また、これらの指標に基づき個別運動トレーニングを実施した結果、筋力トレーニング群ではトレーニング終了後に膝伸展筋力のみ有意な改善がみられたのに対して、複合トレーニング群では、膝伸展能力、functional reach、開閉ステップ、TUG、最大歩行時間、立ち座り速度で有意な改善がみられた。このようなおもりを使っての下肢筋力トレーニングや立位でのバランス・筋パワートレーニングなどの簡便な運動を日々継続することは、体力水準の低い高齢者の体力や生活機能を保持する対策として有効であると思われる。
特別養護老人ホームでの運動プログラム実施における楽しさの評価

関西福祉科大学 辰本頼弘

特別養護老人ホーム 美野の里 谷口竜彦、関西福祉科学大学 宇惠弘
特別養護老人ホーム 美野の里 杉田忠史、大阪産業大学 三村達也
■要旨
特別養護老人ホームに入所している12名の女性高齢者に、週1回のペースで6ヶ月にわたり、合計20回の運動プログラムを実施し、その楽しさの評価を測定した。 毎回の運動プログラムは、ストレッチング・リトミック・ゲームの3種類から構成されており、参加者の楽しさの評価はゲームが最も高く、次いでリトミック、ストレッチの順であった。 また、参加者の運動中の様子を補助者が観察し参加者が表出する楽しさを評価した結果、補助者の評価と参加者の運動に対する楽しさの評価の間に1%水準で強い相関関係が見られた。すなわち、「参加者が楽しい」と補助者が評価した時には、参加者も「楽しい」と感じていると考えられる。 さらに運動プログラム中の筋電図による笑いの測定結果では、約1時間のプログラム中に14回から22回の笑いの出現が見られ、1回の笑いの平均持続時間は長い傾向を示した。プログラム中に笑った時間は3種類の運動によって違いが見られるかを検討した結果、1%の確立で有意な差が見られた、すなわち、ゲームの際に笑いが最も長く、次いでリトミック、ストレッチングの順であった。
中高年ならびに高齢者高血圧患者の運動療法における降圧機序の研究
―電子スピン共鳴法を用いた検討―

和歌山県立医科大学循環器内科 津田和志
■要旨
最近、高血圧の非薬物療法として栄養療法ならびに運動療法が注目されている。特に運動療法に関してはその有効性は広く認められ、軽症高血圧の治療法としても確立されつつある。運動療法の降圧機序については交感神経活性の低下や心拡張能の改善作用などが報告されているが、詳細については不明な点が多い。一方、高血圧での病態面での特徴のひとつは動脈壁の硬化であり、細胞膜の物性変化をはじめとする細胞レベルでの異常が高血圧の成因に関与するという考え方が提唱されるようになった。既に我々は電子スピン共鳴法を用いて細胞膜流動性(fluidity)を測定し、ヒト本能性高血圧や高血圧自然発症ラットでは膜流動性が低下していることを明らかにした。そこで本研究では高血圧の運動療法の降圧機序を細胞レベルでの変化から検討するため、中高年ならびに高齢者高血圧患者に運動療法を実施した際の細胞膜fluidityの変化を検討した。 中高年軽症高血圧患者に運動療法(週2回、6ヶ月間)を実施すると有意に血圧が低下し、正常血圧者でも血圧は低下傾向がみられた。また、運動療法により高血圧群、正常血圧群とも赤血球膜fluidityは有意に上昇し、その効果はインスリン感受性の変化を伴うものであった。以上の成績より、中高年軽症高血圧患者に有酸素運動療法を実施した際、有意な血圧降下と膜fluidityの上昇が認められ、運動療法による微小循環の改善が示唆された。さらに、膜機能の変化は一部インスリン感受性の改善による可能性が示され、運動療法が高血圧のみならずメタボリックシンドローム患者に対しても有効である可能性が示唆された。
高齢者の転倒予防に対する新たに開発された「棒体操」の効果
―1ヶ月時点での評価―

嘉誠会リハビリテーションセンター 横井賀津志

大阪府立大学総合リハビリテーション学部 内藤泰男
大阪府立大学総合リハビリテーション学部 小島久典
嘉誠会リハビリテーションセンター 二村利絵子
大阪府立大学総合リハビリテーション学部 高畑進一
■要旨
我々の提案した棒体操の最大の特徴は、身近にある新聞を丸めた簡便な棒を使用し、投げる、受けとる、回転させる、落下させる動作を多用し、高齢者が日常生活では経験することのできないバランスを崩した身体状況を幾度となく体験できることにある。本研究は、棒体操が、高齢者の転倒予防にどのように影響するかを明らかにすることを目的とした。対象は、介護保険における通所系サービスを週2回利用する高齢者72名(男26名、女46名)で、レクリエーションや創作活動を主に実施する対象群(24名、平均年齢79.4±7.5歳)、マシーントレーニング群(21名、平均年齢75.7±7.4歳)、棒体操を実施する棒体操群(27名、平均年齢79.6±9.4歳)の3群に分けた。3群において、ベースラインと介入1ヶ月後の身体機能評価(握力、CS-30、落下棒テスト、Functional Reach Test、開眼片脚立位、長座体前屈、Timed Up and GO Test、通常歩行時間、最大歩行時間)、精神機能評価(MMSE、FAB、かなひろいテスト、TMT-A、B)および転倒・躓き回数と転倒に関する自己効力感尺度Fall Efficary Scaleを実施した。 結果、ベースラインと介入1ヶ月後の比較において、対象群では、TMT-Aとマシーントレーニング群では、CS-30に有意差が認められた。一方、棒体操実施群では、落下棒テスト左、CS-30 、Functional Reach Test、開眼片脚立位左、長座体前屈、Timed Up and GO Test、MMSE、FAB、TMT-B、Fall Efficary Scaleで有意差が認められた。 本研究の結果から、棒体操を行うことで身体機能では敏捷性、静的・動的バランス、柔軟性を向上させることができた。その効果は1ヶ月間で顕著であったことから、高齢者自身が有している身体能力を短期間で賦活できたと考える。また、精神機能においても、認知機能、前頭葉機能、注意機能を向上させることができた。 わずか1ヶ月間という短期間の棒体操の実施が高齢者の身体的・精神的機能を改善させ、転倒に対する自己効力感をも向上させた。このことから棒体操は高齢者の身体機能面、精神的機能面を改善し、転倒予防に有用な手段である可能性が示唆された。
(2)H16年度2年助成
末梢血好中球を用いた慢性閉塞性肺疾患の早期診断法についての研究

和歌山県立医科大学医学部内科学第三講座 山縣俊之
■要旨
好中球は慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease;COPD)の病態に重要な役割を果たしており、誘発喀痰を用いた検討でも、気道・肺局所への好中球の集積が報告されている。本研究では、COPDの早期診断や病態の評価に有用な検査法の確立を目的に、COPD患者の末梢血好中球を分離採取し、好中球表面のインテグリン分子(CD-11b、CD-18)の発現をフローサイトメトリーで測定し、健常人と比較検討を行った。その結果、COPD患者由来の好中球では、CD-11bの発現が健常人と比べ有意に増加しており、その増加の程度は気道の閉塞性障害の程度と有意な逆相関を示した。以上の検討から、末梢血好中球表面のインテグリン分子の発現増強は、COPDの発症や進展などの病態に関与している可能性が考えられ、COPDの診断や疾患の病態評価に有用である可能性が示唆された。