2026.05
大阪ガス実験集合住宅「NEXT21」504住戸改修レポート|和の居住文化とサーキュラーデザインが描く、これからの住まい
大阪・天王寺区に建つ大阪ガス実験集合住宅「NEXT21」。1993年の竣工以来、30年以上にわたり「環境」「エネルギー」「近未来の暮らし」を問い続けてきたこの建築が、また一つ新しい扉を開きました。
今回、「504住戸」改修が完了しました。そこには、深刻化する気候変動や変化する家族像、そして「カーボンニュートラル」という大きな命題に対する、建築界のフロントランナーたちによる精緻な試行錯誤が詰まっています。2026年2月27日に NEXT21で開催された「竣工報告会」及び「特別見学会」の様子とともに、これからの都市居住を形づくる「新しい豊かさのスタンダード」を紐解いていきます。
取材・文:小倉ちあき
撮影:上嶋駿一
30年の軌跡を、次の世代へ手渡すために
報告会は、NEXT21が歩んできた歴史の再確認から始まりました。1993年の竣工、そして翌1994年の居住実験開始から、一昨年(2024年)で30年。今回の504住戸改修は、「和の居住文化の継承・発展」をメインテーマに掲げた、次の30年を見据えた活動です。
単なる省エネ性能の追求に留まらず、内装(インフィル)や外装(クラディング)の部材の回収や再利用による環境負荷低減の数値化などを通して、「都市における持続可能な暮らし」の解が示されました。


当日は2部制で開催。会場は満員御礼。
川島範久氏(明治大学准教授)
504住戸のインフィル設計を担当。デジタル技術で過去の部材を「編み替える」手法とパッシブデザインを融合し、失われつつある環境親和性の高い和の居住文化を再構築した。
清家剛氏(東京大学大学院教授)
サーキュラーデザインの評価を主導。リユース材が醸し出す「和の情緒」を高く評価し、資源を社会全体で回す仕組みの重要性を説いている。
荒川裕樹氏(集工社建築都市デザイン研究所)
1993年の竣工当初から採用されていた、将来の更新・再利用を前提としたクラディング・システム。今回の改修でそのシステムが活かされ、CO2削減の大きな成果を上げた。
磯部孝行氏(東京電機大学准教授)
部材再利用によるCO2削減効果をLCA(ライフサイクルアセスメント)の観点から検証。確かな数値でサーキュラーデザインの価値を可視化した。
自然と歴史を「編み替える」。川島範久氏が描く504住戸の輪郭
今回の504住戸のインフィル設計である川島氏が試みたのは、32年前に吉村篤一氏が描いたモダンな空間を、現代の感性で「編み替える」ことでした。
504住戸の玄関
手前がダイニングキッチンリビング、玄関を経て、奥にこたつリビングが広がる。
参加者は川島氏の案内で504住戸へ。一歩足を踏み入れると、まずその開放感に圧倒されました。南北を貫く「ウィング状」の共有空間が、街の広場のように家族を迎え入れます。
「家族の形が多様化する中で、それぞれが思い思いの場所で過ごしながらも、互いの気配をなんとなく感じられる。そんな『街の図書館』や『街のリビング』のような場所を目指しました。核家族だけでなく、シェアハウスやゲストを招く暮らしなど、多様なライフスタイルを受け入れる器でありたいと考えたのです」(川島氏)

そう語る川島氏の視線の先には、窓際に広がる「現代の縁側」があります。障子やブラインドを透過した柔らかな光が、外と内を優しくつないでいました。天井付近を見上げれば、アクリル製の「欄間」が。壁で仕切られた個室にいても、リビングの明かりや気配が届く、絶妙な距離感がデザインされています。
こたつリビング。掘りごたつの机も可変する。
こたつリビングの窓を開けて座ると、縁側のように。
さらに川島氏は、今回の設計を「かつての設計者との対話」であったと振り返ります。
「NEXT21には、32年前から受け継がれてきた『600mmグリッド』という精緻なシステムが存在しています。元の設計者の思想を重んじ、そのグリッドの上に新しい壁や建具を乗せていくことで、既存の資源を最大限に活用できました。私一人で設計したというより、当時の設計者と一緒に作っているような感覚でしたね」(川島氏)
ダイニングキッチンリビング。ダイニングテーブルも配置を変えればカウンターに。
外と中が緩やかに繋がる、アウトサイドリビング空間。
プライベートリビング。
アウトサイドリビング。
階高を活かす「見えない技術」とサーキュラーの真髄
この圧倒的なヌケ感を実現しているのは、実は「なくした技術」にあります。通常の住宅なら天井裏を這うはずのダクトや配管を、今回の設計ではあえて排除。コンクリートスラブの直下まで天井を高くし、NEXT21本来のポテンシャルを解放しました。
緻密な環境シミュレーションを実施し、日射取得・遮蔽・蓄熱・昼光利用・通風といった自然の力を最大限に活用したパッシブデザインを実施。また、高い断熱性能も備えており、「一般的な家庭用エアコンわずか2台」で、居住空間において快適な温熱環境を実現しています。

可動小上がり。大きさも高さも暮らしに合わせて調整できる。
キッチン背後にある棚も、元々あった家具を利用した。
さらに驚かされるのは、この空間を構成する素材の多くが「記憶」の断片であることです。建具や家具、床材の多くは、解体時に丁寧に取り外された「サルベージ品」。デジタル技術を駆使して、部材を3D空間で再構成していきました。
「石膏ボードの破片さえも粉砕して左官材料にし、ここで暮らす予定の住民の方と一緒に壁を塗りました。自然の力を活かすことも、資源を使い回すことも、実は日本人が古来持っていた『和の知恵』そのもの。私たちは最新のテクノロジーを使って、その知恵を現代に編み直したに過ぎません」(川島氏)
住人によるワークショップ。
この縦ラインは、子どもが指でつけたアドリブ。
「時間」さえも再利用する。清家剛氏が感じた和の情緒
続いて、建築生産や資源循環の第一人者である清家氏による、専門的知見に基づいた総括がありました。長年この分野を研究されてきた清家氏にとっても、今回の504住戸の試みは、サーキュラーデザイン(資源循環型設計)の評価とともに、「これまでの常識を覆す驚きの連続」だったようです。
「正直に申し上げますと、リユース(再利用)を徹底することが『和の文化』につながるという話には、最初は半信半疑でした。ところが、実際に完成した空間を見て驚きました。年月を経て古びた材料が新しいデザインに組み込まれることで、何とも言えない絶妙な『和』の風情を醸し出していたのです。これは理屈ではなく、感覚として非常に感動的な体験でした」(清家氏)
リユースされた扉。歳月を重ねた傷跡すら、この家が紡いできた温かな記憶だ。
壊すのではなく、未来の資源を「取り出す」
資源を回す仕組みにおいて、形を変えてしまう「リサイクル」よりも、そのまま使い回す「リユース」は格段に難易度が上がります。保管場所の確保や、施工の難しさ。清家氏が特に注目したのは、現場の職人さんたちの「手仕事」の変化でした。
通常の改修なら「壊して捨てる」はずの壁を、改修に使う部材として丁寧に切り出す。その様子はまるで、建物の記憶を救い出す「手術」のようだったといいます。目に見える建具だけでなく、床の下地材までもが使いやすいサイズに切り分けられ、再利用されているのです。
「床の下地材までもが、使いやすい600mm角のサイズに切り分けられて再利用されています。あまりに徹底して、かつ自由自在にリユースが行われたため、環境評価を担当した磯部先生が『どれが再利用されたものか把握しきれない!』と頭を抱えるほどでした。それほどまでに、この部屋全体に『過去の記憶』が編み込まれている。まさに今回の改修のテーマである『和の居住文化の継承・発展』を、見事に踏襲した取り組みと言えるでしょう」(清家氏)

地下の機械室に保管されている、角材のストックたち。
住み手が「建物をケアする」という豊かさ
今回の報告会を通じて、504住戸が私たちに伝えてくれたのは、単なる建築の技術的な成功ではありません。それは、私たちがこれからの時代をどう生きていくかという、温かなメッセージでした。
川島氏は、今回の設計プロセスを「編み替える作業」と表現。通常、建築はゼロから図面を引き、新しい材料を調達して作られます。しかし、504住戸では「まずそこにある物(資源)」を見つめることから始まりました。
「建物は、いきなり頭で想像して作るものではありません。そもそも地球上にある材料を加工し、組み立てて作るものです。太陽の光、風の抜け方、そして先人が作ってきた部材……それら『自分ではコントロールしきれないもの』と対話し、すり合わせながら空間を編んでいく。そこにこそ、人間としての根源的な喜び(デライト)があるのだと確信しました」(川島氏)
さらに川島氏は、504住戸の住まい手に向けて、とても素敵な提案をされています。

「家を、自分の身体のようにケアしてほしいんです。皆さんは毎日ボディーケアをしますよね?それと同じように、窓を開け、建具を動かし、建物と会話しながら手入れをする。どんなに高耐久な建物でも、無視して放置すれば傷んでしまいます。逆に、木や土のような『弱い』素材であっても、丁寧にケアし続ければ、驚くほど長く、美しく生き続けるのです。手入れを通じて家が身体の一部になったとき、そこには本当の愛着が生まれます」(川島氏)
一方、清家氏は、この部屋に一歩足を踏み入れた瞬間のピカピカさとは違う「豊かさ」のあり方について語ってくださいました。
「ピカピカ、ツルツルの新品に囲まれるだけが豊かな暮らしではありません。普通に使い、年月を経てしなびてきたものに、次の世代がまた新しい命を吹き込む。そんな『時間の積み重なり』がある空間だからこそ、ふと畳に寝転びたくなるような安心感が生まれるのだと思います。ここには、新しい豊かさを考えるヒントが詰まっています」(清家氏)

清家氏が強調されたのは、今回の504住戸が「特別な実験」で終わるのではなく、社会全体の資源を回す大きな仕組みへとつながるための、非常に重要な「一事例」になったという点です。
「社会の大きな仕組みを変えるには、人の心を動かす『良い事例』が不可欠です。専門的なことは分からなくても、『なんかこの場所、いいな』と感じる。その感覚こそが大切です。新建材が並ぶ『普通の住宅』ではないこの場所で、何を感じ、どう過ごすか。ここでの体験が、ゴミを減らし、資源を大切にする社会への第一歩になるはずです」(清家氏)
かつて日本の住まいにあった「直しながら、慈しみながら住む」という文化。それが最新のテクノロジーと融合し、いま再び私たちの手に戻ってこようとしています。家をケアすることは、自分自身をケアすることなのかもしれません。NEXT21・504住戸が灯したこの小さな光は、私たちがカーボンニュートラルな未来へと歩み出すための、確かな道標となってくれるでしょう。
