このページの本文へ移動します。
企業情報
ご家庭のお客さま
業務用・産業用のお客さま
お問い合わせ
English
×
企業情報TOP
企業/グループについて
DaigasグループTOP
大阪ガス(株)について
会社概要
所在地一覧
再生可能エネルギーの取り組み
お客さま満足向上を目指して
株式・株主情報
資材購買
ガス小売業者等向けサービス
次世代法及び女性活躍推進法への取り組み
役員
都市ガスの性状
安全対策
社会貢献
技術開発
サステナビリティ
IR情報
採用情報
プレスリリース
Daigasグループのプレスリリース
大阪ガス(株)のプレスリリース
総合TOP
>
企業情報
>
ガスビル食堂物語
>
「ガスビル食堂物語1編〜10編」
> 戦中・戦後のガスビル
戦中・戦後のガスビル (1940年代)
昭和16年(1941)12月、太平洋戦争が勃発し、ガスビルも戦争の影響を大きく受けました。昭和17〜18年にかけて、屋上ネオン塔、エレベーター、エスカレーター、手摺り、窓枠等々は、不要不急の贅沢な設備として金属供出が行われました。また、昭和19〜24年まで、白亜のガスビルは、外装を自社生産のコールタールによって真っ黒に迷彩塗装が施されていました。
昭和20年3月の大阪大空襲では、全館に備えていたシャッターを降ろし、7・8階の一部を罹災しただけで難を免れ終戦を迎えました。
戦後まもない昭和20年10月から27年5月まで、2階講演場と6階以上等が進駐軍に接収され、第2宿舎として使用されました。
ガスビル北館竣工(1966年代)
高度経済成長期を迎え、ガスの需要が増大するにしたがって、ガスビルは本社事務所の拡張が必要となり、昭和39年(1964)8月北館の増築に着手しました。建設にあたっては、ガスビル南館のもつ風格を生かして、一体的な機能を果たすよう考慮され、ガスビル北館は、昭和41年(1966)8月10日に竣工しました。
北館南館の新旧両ビルは見事に一体化し、御堂筋、御霊筋、平野町通り、道修町通りに画され、昭和5年(1930)のガスビル建設当時、理想に掲げていた「ワンブロック・ワンビルディング」の夢は、ここに実を結びました。
北館竣工時のパンフレット
(1966年)
登録有形文化財に(2003年代)
北館竣工時のガスビル(1966年)
昭和8年(1933)竣工当時、大阪における最も近代的で美しいビルディングとみなさまから評価され、「都市建築の美の極致」と言われたガスビルは、平成14年(2002)12月、国の文化審議会の答申で登録有形文化財に選ばれ、平成15年(2003)3月17日、竣工70周年を迎えました。
接収時代1945・10〜1952・5
戦後、ガスビル食堂は進駐軍に接収され、一般の日本人は立ち入ることができませんでした。料理長には進駐軍から給与が支払われました。ガスビル食堂には接収時代の記録はほとんど残されていません。
ガスビル食堂の営業再開
ガスビルの接収が解除された昭和27年5月から仮の復旧工事を始め、ガスビル食堂は12月に営業を再開します。しかし、食料事情はまだ十分に回復せず、戦前と同じように営業ができたのは昭和32年頃からです。
再開時のクリスマスメニュー
(1952年)
永井三明氏(同志社大学名誉教授)
披露宴のメニュー
私が家族とガスビル食堂によく来たのは、太平洋戦争がはじまる2、3年前までです。小学生、中学生時代の私にとって、ガスビル食堂は幸せな世界そのものでした。戦中・戦後は、私たち家族も混乱の中を生きました。その後、昭和38年に私は結婚し、ガスビル食堂で披露宴をしました。それは子供の頃の強烈な幸福感をもう一度確かめたかったからです。少年時代の強いノスタルジアの対象であるガスビル食堂がずっと残されていくことを願っています。
大阪ガスパビリオン(1970年)
昭和45年(1970)に大阪で開催された万国博覧会には、世界各国がパビリオンを
レストラン「ガス灯」のガラス張りで見渡せる厨房(1970年)
出展し、入場者は6400万人に達しました。各国のお国柄を表すエキゾチックなレストランが人気でした。日本ガス協会が出展したガスパビリオンには、レストラン「ガス灯」が出店し、ガスビル食堂のシェフ達が中心となってオーブン料理などの洋食を提供しました。その厨房は、調理の自動化を実現。今日のガス業務用厨房のモデルとなりました。
昭和41年北館が竣工し、ガスビルは道修町通りにも面するようになりました。その道修町の名前は、道修谷、あるいは道修寺に由来すると言われています。寛永年間(1624〜1644年)二代将軍秀忠の命により堺の薬種商小西吉右衛門が、道修町一丁目に居住し大坂の復興に尽力したと伝えられます。「摂津名所図会大成」には、「和漢の薬種の真偽を糺し、買いたくはへ、…吾妻のはてより筑紫がたまで運送するをなりはいとす」と道修町の当時の情景がいきいきと描かれています。(伊勢田史郎氏談)
著者 伊勢田史郎
発行 現代創造社