校庭から見上げると、上の方に道路があり、チンチン電車が走っている。ぶら下がった看板には中津(なかつ)と書いてあった。“ポプラの並木、立柳(りゅうりょう)の、レンガ塀に囲まれて・・・”
※1その校庭でこっそり唄ったこともある――我が母校、北野中学の想い出に残るひとこまだ。やがて次の年
※2、校舎は立ち退きになり移転先は淀川の堤に面した十三(じゅうそう)だったが、その校舎は、私は知らない。スタコラサと早稲田へ行ってしまった。オーヤン先生の図太い声も聞こえない。
北野といえば生真面目な学校で、ヤキイモの立ち喰いも許されなかった。あちこちにデパートが建ち、旨そうな料理が陳列されていたが、程遠いものだった。田舎の人は電車に乗って大阪へ出て先ず行くのはデパートの食堂だ。特盛りのカレーライスの、先ず肉だけ食いジョッキのビールを飲んで上機嫌だ。
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北野芝田町時代の北野中学校校舎
(『北野百二十年』より) |
私たちも、やがて一杯飲んでもいいという年頃になって、久しぶりに大きな顔して阪神電車の終点あたりをうろつき、ああここがあの飲み屋かと、何かの本に出ていた店に入ってみた。小さな店だがなかなか小綺麗な料理屋で、その旨さにはあっと驚いたものだ。
“おやじさん、これアンコールしたいが・・・”
“すんまへん、あとのお客に残さないけまへんよって・・・”
と上手に断られ、そこがまた、えもいえぬ大阪の味と悟った。
後年、私にもそんな行きつけの店が何軒も出来たが、実はこんな小料理が大阪の名物なのだろう。また、小綺麗な女将がいたりして、これが上手にどっちつかずの弁をふるう。
“この醤油うまいなァ”
“へえ、おおきに。これ小豆島だんね” といかにも嬉しそうだ。
“豆は堺の山だす”と講釈も聞かねば、酒も盛り上がらない。
大阪は大料亭もおいしいが、このような気取らないところが大阪の良さでもある。
大阪は、不思議なところだ。どこを切っても大阪の香りがする。それは高貴な香りでなく、さりとて下賤ではない。庶民の匂いだ。あの何ともいえぬ大阪の香り――浪花のニホイが永遠につきまとう。
「名にし負う大阪の城 天才の高きかたみよ・・・」
※3土井晩翠の詩ではないが、太閤もきっとこの香りを愛されたか――。