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大阪ガスは、「いただきます」で育もう。をスローガンに、食育活動に取り組んでいます。

食育シリーズ

今、そして未来に伝えたい「日本の食文化」

その3  行事と行事食の背景

執筆:東京家政学院大学 名誉教授 江原 絢子先生

 お正月はどんな風にお過ごしになったでしょうか。今回は、行事と行事食のもつ意味について考えたいと思います。
 毎年同じ時期にめぐってくる行事を年中行事と呼びます。正月、ひな祭り、七夕など今に残る行事の中には、中国から伝来した年中行事を平安時代の貴族たちが模倣して行った行事がそのもとになっており、江戸時代には、五節句と定められた年中行事が庶民に広がり、変化しながらその後も長く引き継がれてきました。また、稲作に関わった行事や花見、月見など四季の自然を愛でる行事など地域によって異なる行事も加わって、大小あわせれば年間ではかなりの行事数にのぼります。それらの行事には、独自の食べ物が定着しました。表は、主な年中行事と行事食を示したものです。

主な年中行事と行事食
行事と行事食 行事と行事食
1 元旦 屠蘇酒・雑煮・おせち料理
7日人日節供 七草粥
15日小正月 小豆粥
7 7日 七夕節供 そうめん
土用丑 うなぎ
2 3日頃 節分 煎り大豆 8 13-15日 盂蘭盆会 団子・そうめん
3 3日上巳節供 草餅・白酒
21日頃春彼岸中日 ぼた餅
9 9日重陽の節供 菊酒
15日中秋明月 団子
23日頃秋彼岸中日 おはぎ
4 8日灌仏会 甘茶 10 亥の日 猪子餅
5 5日端午節供 粽・柏餅 11 15日 七五三 千歳飴
6 21日頃夏至 12 22日頃冬至 かぼちゃ
31日大晦日 年越し蕎麦

出典:江原「食事と地域性」『和食と食育』(2014)

現在、年中行事のほとんどは、太陽暦で実施されていますが、1ヶ月遅れの場合もあり、地域で異なっています。お盆は、多くの地域で8月に実施されているので、ここでは8月に入れています。人日、上巳(じょうし)、端午、七夕(しちせき)、重陽の節供は、時代の変化とともに、ひな祭り、たなばたなど名称も異なり、食べ物も少しずつ変化してきました。

これらの年中行事とは、そもそもどんな意味が込められたものなのでしょうか。なかでもお正月の行事と行事食は、もっともよく知られているだけでなく、他の行事に比べて多くの家庭に残されていますが、その背景にある意味はどれだけ伝わっているでしょうか。

江戸時代後期、江戸の世田谷(現在の東京都世田谷区)の農業経営者であり代官でもあった大場家の史料をもとに江戸の近郊農村の年中行事と関連のある行事と行事食の背景をみてみましょう。大場家では、年間を通して、五節供をはじめ、祝日、吉事の祝いなどには太神宮、恵比寿大黒天など諸神に火打石で「切火」を打ちかけて清めた後、お神酒をあげることを欠かさず続けています。正月の準備は、前年の12月から始まっていますが、すす払いは、明年の恵方、歳徳神の棚にするところを掃き清めてから行い、夕飯の初めのご飯を糊にして、諸山からきたお守り札などを貼り替え、古い札などは、正月15日に焼くため「清浄なる」場所に置きます。来年の年男が飾り杭を切ってくるとのこと。正月用の味噌を用意しますが、その時も「切火」をして清めてから行い、器物も吟味しないと味噌が熟さないとされています。

その後も様々な準備がすすめられ、正月用の白木の箸を削り、歳徳神用の箸12膳(閏年には13膳)、神々へあげる箸などと、せち箸を500膳くらい削ります。ちなみに正月など祝箸は、両端が細くなっています。これは、片方を人が使い、片方は神様が使うためのもので、神人共食の意味を示しています。餅つきも、家のいろいろな神様に供える鏡餅、搗いたひとへの供え餅を作ってから、のしもちを用意します。さらに、松迎えの式も行い、門松、松飾りを歳徳神だけでなく家々の神様のところに供えています。神棚の飾りは、水ごりをして身を清めてから藁で神縄(しめ縄)をない、各神棚に供えます。また、すす払いの日、箸づくりの日などには、日常とは異なる食事が出されています。

お正月の歳神様を迎えるために、これらの準備以外にも様々な準備が行われますが、毎回身を清めたり「切火」をして清めたりしており、神様への畏敬の念を感じつつ、1つ1つの作業が大切に祈りを込めて行われている様子をうかがうことができます。その後は、長くなるので省略せざるを得ませんが、元旦の概要を記しますと、夜明け前に年男が水ごりをして身を清め、若水を汲み、茶を煎じ、雑煮を作ります。さらに家族は入浴してうがいなどもして、正装して神を拝します(神拝)。雑煮など神々に上げた後に、家族で祝います。

さらに七草の前日には若菜を摘み、夜には、七種囃子(ななくさばやし)を行いました。杓子、包丁など歳徳神棚のもとに行き、恵方を向いてなずなを刻みながら「唐土の鳥と、日本の鳥と、渡らぬ先に」と拍子をとりながら包丁で菜を刻みながら祝い、三度歳徳神に礼拝します。翌日は、そのなずなを入れた粥をいただき、その後、菩提所や寺社に詣でます。

 3月3日は上巳の節句ですが、朝夕とも神々に神酒をあげ、ご馳走を雛に供え、家族内でも祝いの膳を囲みます。7月7日の七夕の祝いでは、新小麦で団子をこしらえ、新小豆をつけ、牽牛と織姫の2星にお神酒とともに供えています。この日からお盆の準備を始めます。お寺に白米、茄子などの盆の供え物をし、家族も参拝します。お盆の内容は略しますが、精霊棚をつくり迎え火、送り火などのたびに祈りがささげられています。

 これらの行事をみると、いずれも神仏に米や酒、日常とは異なる特別な料理を供えて、自然の恵みに感謝し、諸病を祓い、災害のない世を願う祈りを捧げることが中心になっています。祈りの後に、供えたものをいただくのが神と人との共食で、直会(なおらい)と呼ばれます。これが年中行事の本来の姿で、その精神とともに長く引き継がれてきたのですが、その行事と食は残されたものの、行事に込められた祈りの心は、一部にしか残されていないようです。
 無形文化遺産に登録された和食文化の重要な特徴のひとつは、「自然の尊重」です。
最初の回に、その一つとして資源の持続的な利用について話題にしましたが、今回の特徴も自然の尊重の一つといってよいでしょう。人智を超えた自然(神)への祈りから始まり、祈りに終わる行事と行事食の本来の意味を大切にしながら、行事と行事食を伝えていってほしいと思います。



江原 絢子(えはら あやこ)名誉教授 プロフィール

江原 絢子(えはら あやこ)名誉教授

島根県出身。1966年お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業。博士(教育学)
東京家政学院大学教授を経て現在、同大学名誉教授・客員教授。専門は、食文化史・食教育史・調理学。「「和食」文化の保護・継承国民会議」(「和食会議」)副会長
主な著書:『和食と食育』(編著 アイ・ケイコーポレーション2014)、『家庭料理の近代』(単著 吉川弘文館2012)、『近代料理書集成−日本の食文化史』全13巻(編・解説 クレス出版2012・13)、『おいしい江戸ごはん』(共著 コモンズ2011)、『日本の食文化史年表』(共編 吉川弘文館2011)、『日本食物史』(共著 吉川弘文館2009)など


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