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開発者インタビュー

研究開発は最も重要な差別化戦略の一つです。
以下に紹介する、さまざまな新技術の研究開発、実用化に積極的に取り組んでいます。

第9回 コンパクトタイプ水素製造装置の開発と水素ステーションの建設

コンパクトタイプ水素製造装置「HYSERVE-300」開発への挑戦

「OGHH」と比べると「HYSERVE」は驚くほどコンパクトになりましたね。どのような経緯で「HYSERVE」の開発に取り組み始めたのでしょうか。

池田 2000年の初め頃から、国内で実証用の水素ステーションを建設しようという動きが始まりました。当時はまだ、水素製造装置といえば、いかにも化学プラントといった大規模な装置しかありませんでした。そのような時代から、大阪ガスは酉島事業所構内において水素ステーションの実証事業に取り組むとともに、水素ステーションで使って頂けるコンパクトな水素製造装置の開発を行ってきました。

清水 OGHHと比べて「もっと小さく、安く、使いやすい装置、ボタンを押したら自動的に水素がでてくる水素ボックス」というコンセプトで、1990年代からコンパクト型水素製造装置の開発が始まりました。2005年にパッケージ型水素製造装置の初号機である「HYSERVE-30」を世の中に先駆けて開発、その後、「HYSERVE-100」「HYSERVE -300」とスケールアップを実現してきました。

水素ステーション実証とHYSERVE開発

「HYSERVE-100」から「HYSERVE-300」へのスケールアップは、かなり困難だったとお聞きしています。

村田 「HYSERVE-30」から「HYSERVE-100」へのスケールアップは、約1年半で開発を完了しましたが、「HYSERVE-100」から「HYSERVE-300」へは、メタンを水素などに変える反応器や製造した水素の純度を高める精製装置などに課題があり、いろいろ挑戦しましたが、なかなか300m3N/h(1時間あたり300ノルマル立法メートル)の水素を製造する能力が出なかったんです。そんな頃、清水君がこのチームに加わり、プロセス全体や反応器、水素精製装置、熱交換器など様々な設計見直し、変更を行い、能力アップだけでなく、効率も大幅に向上することができ、「HYSERVE-300」の商品化を実現することができたんです。

「HYSERVE-300」の開発において、特に難しかったところはどういった箇所でしたか。

清水 まず、これまでの運転データを分析し、どこがいけなかったのか、性能を上げていくためには何が必要なのかということを徹底的に考えました。それによってわかったことのひとつは反応器に用いる新たなバーナーの開発が必要だということ。この件に関しては、エネルギー事業部のバーナーを開発するチームのみなさんにも協力いただき、事業部を超えたチームワークで、大阪ガスグループが培ってきた知見をフル活用することで課題解決することができました。そして、もうひとつの大きな課題は高純度な水素を取り出す精製工程にありました。この点については、ゼロから新しいプロセスの開発に挑戦し乗り越えることができました。当初は、まったくの手探り状態で、毎日、池田さんや村田さんと熱い議論を重ねました。独自の運転方法に基づいたプロセスを完成させるのにかなり時間を費やしましたね。それでも、概ね1年という短い期間内に目標を達成することができたのは、関係メンバーの協力があったからだと思います。

若きエンジニアである清水さんに、池田さんはどのような助言をなさったのでしょうか。

池田 私がこのチームに移ってきたのは清水君が悪戦苦闘している丁度その頃でした。技術開発をするからには高い目標設定、たとえば、エネルギー効率で世界一など、他社の製品を凌駕するものを作らなくては意味がないというようなことを話した覚えがあります。

清水 無理やり「YES」と言わされました(笑)。目標設定が低く、初めから負けているというものを作ってはいけないと言われたように記憶しています。

池田 「HYSERVE-300」はかなり複雑なプロセスで、何かを変えると違うところで別の問題や課題が発生するんです。次々と生まれる課題を解決するために何度も議論を重ね、世界トップクラスの高効率を誇る超コンパクト設計の水素製造装置を開発することができました。清水君をはじめ、この装置の開発メンバーは、本当によく頑張ってくれたと思います。

オンサイト型とオフサイト型、2つの水素ステーションを建設

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