DEVELOPER INTERVIEW
開発者インタビュー
電池式「ぴこぴこ」を実現した夢の技術、超省電力メタンセンサーの開発
「ぴこぴこ」は、万一のガス漏れや不完全燃焼による室内での空気の汚れを検知し警報する家庭用ガス警報器。発売以来、改良を重ね、たくさんのご家庭に安心・安全をお届けしてきました。
これまで蓄積してきた技術の粋を集め、16年もの月日をかけて挑んできた電池式「ぴこぴこ」用ガスセンサーの開発プロジェクト。次々と立ちはだかる難問をどのように解決したのか、夢の技術をなぜ実現できたのかなど、製品誕生までの開発秘話を2名の開発者が語ります。
エネルギー技術研究所
大西 久男
野中 篤
大西一般的には、瞬間的に室温から400℃に上げるとすごく負荷がかかります。開発当初のセンサーでは、異なる素材を基板の上に積み重ねているため、急激な加熱・冷却を繰り返すヒートショックと他のストレスの組合せによりダメージを受けてしまう可能性があることがわかりました。5年間動かそうと思えば、数百万回のヒートショックが起きるので、積層構造と製造方法を工夫してそれに耐えられる素子を開発する必要があり、課題解決のために時間を費やしました。
野中先程、お話ししましたが、ちょうどこの頃、製品安全に関する社会的関心が高まっていたことから、「NEDO」=国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構が中心となり、高い信頼性を有しつつ電池で長期間駆動するセンサーを開発するプロジェクト「次世代高信頼性ガスセンサー技術開発」が立ち上がりました。このプロジェクトでは、全国約660世帯にセンサーを設置し、定期的に回収して特性変化を調べる取り組みが行われました。私たちもできる限り多くの現場でセンサー評価をしたいと考えていたので、そのタイミングをとらえてプロジェクトに参画させて頂くことにしたのです。
全国660世帯のご家庭に設置させて頂き、多様な実環境で特性変動を調査
大西設置先の製品を半年に一度回収し、センサーの性能がどのように変化していくのかというデータを収集しました。通常の製品にはない、温湿度センサーや環境物質を捉える吸着剤も搭載して詳しく調査しました。すると私たちが想定していた環境と実際の台所環境とでは異なる点があることが判明しました。温湿度で言いますと、意外なことに北海道などの寒冷地ほど冬場はほとんど温度が下がらない。常に暖房しているからなんですね。また、沖縄はそれほど温度は高くなく湿度がとても高かったんです。
野中ラボで数年間センサー性能が安定していることを確認した上で現場設置したのですが、よく観察してみると2年ほどで一部のセンサーで性能が変化する兆しが観察されました。いちばん驚いたのは、複数のご家庭で、通常の台所環境では存在しないはずの環境成分が多量に存在していたことです。いろいろ調べていくと、部屋で特殊な溶剤を使った作業をされておられたり、廃棄物を大量に保管されておられるお宅だったんです。また、1日中、湯気がセンサーにあたっているようなご家庭もありました。
センサーの表面を汚してしまう成分として、どういうものを想定しないといけないのかをラボでいろいろ考えましたが、現場では私たちの想像を超えた驚きと発見がたくさんありました。
野中まず、現場から回収したセンサーで起きている変化を確かめました。それがどのような化学物質で起きるのか、またその変化を引き起こす原因は何かということについてかなり詳しく分析しました。そして、このような性能変化を生じさせないよう、センサーの改良を行いました。
野中NEDOのプロジェクトでの設置期間は3年。改良したセンサーを使ってもう一度、現場設置試験をやり直すことはできません。そこで私たちは、実際の現場のストレスを短期間で再現するような試験方法の開発に取り組みました。
その試験とは加速評価と呼ばれる手法のものです。変化を引き起こす原因となるストレスを特定し、それをセンサーに与えることで同じような変化を短期間で起こせないかということに取り組みました。様々な条件で試験を行ったのですが20種類もの試験をしてそのうち正解はたった1つということも。しかも、適切な試験条件がわかったとしてもラボで試験したものが現場に置いたものと同じ性能変化現象を起こしていることを確認し、さらにそれが現場での何年に相当するのかということも確かめなくてはなりません。あるストレスの強度を変化させて、現場の3年で起きるものを1カ月程度で再現するのに必要な条件を調整するという試験を何度も行いました。
大西その努力が実を結び、自分たちで開発した新しい手法を用いて、改良したセンサーの長期信頼性を検証することができたのです。
野中薄膜を用いたセンサー技術は世界初。世の中にお手本になるようなものがなかったんですね。センサーの性能が何の影響を受けてどう変化していくのか、まったく前例がなかったため、自分たちで想像し、探し当てていくことが大変でした。
大西それまでの常識では実現は無理と思われていたことに挑戦することをおもしろいと思う性格なので、技術的な面で特に苦労があったとは思っていないんです。しいて言えば、お客さまから強いニーズがあった製品でありながら、様々な障害を乗り越えて実用化するまでに長い時間がかかったことでしょうか。実は、開発が継続できなくなりそうな危機的状況を迎えたことが何度もありましたが、この技術を実用化するのが自分の大きな使命であるとの信念を持って、幸いなことに、それらの困難な状況を打開することができました。無事、発売の日を迎えることができたのは、そのようなピンチを迎える度に、支援して頂けた方々のお陰です。
野中日本はもちろんですが、世界中の警報器を電池式のものに置き換えていきたいですね。また、今回のセンサー技術をガス警報器以外の用途で活用できるよう、さらなる挑戦を続けていきます。
大西これまで不可能と言われ続けていたガスセンサーの薄膜化を成功させた今回の貴重な体験を活かして、エネルギーの世界に大きなゲームチェンジを起こす新たな技術開発にチャレンジしていきたいと思っています。