DEVELOPER INTERVIEW
開発者インタビュー
電池式「ぴこぴこ」を実現した夢の技術、超省電力メタンセンサーの開発
「ぴこぴこ」は、万一のガス漏れや不完全燃焼による室内での空気の汚れを検知し警報する家庭用ガス警報器。発売以来、改良を重ね、たくさんのご家庭に安心・安全をお届けしてきました。
これまで蓄積してきた技術の粋を集め、16年もの月日をかけて挑んできた電池式「ぴこぴこ」用ガスセンサーの開発プロジェクト。次々と立ちはだかる難問をどのように解決したのか、夢の技術をなぜ実現できたのかなど、製品誕生までの開発秘話を2名の開発者が語ります。
エネルギー技術研究所
大西 久男
野中 篤
大西MEMSとはMicro Electro Mechanical Systemsの略で微小電気機械システムのことです。一般によく使われるのは半導体センサーを小さくするというもので、ゲーム機のリモコンの動きを感じ取るセンサーやスマホのスピーカーなどにも使われています。
大西実は、私たちの開発した技術の実用化開発を、当時警報器やセンサーを作って頂いていたメーカーさん数社に持ちかけたところ、「こんなものが使い物になるはずがない」、「当社では薄膜化センサーの量産化は難しい」などの理由でどこからも断られ、警報器用ガスセンサーとしての実用化開発はなかなか進みませんでした。ところが、当社が作製した「メタンを高選択性で検知できる薄膜化センサー」が当時の国立環境研究所さんの環境中微量メタン計測事業に採用されたことが新聞に掲載されたところ、MEMS技術を駆使して微小な領域だけを局所的に加熱できるマイクロヒーター技術を開発されていた富士電機さんが着目されまして。その後すぐに、富士電機さんから「両社のそれぞれの技術を組み合わせることで省電力センサーを開発しませんか」というお申し出を頂いたことが共同開発のきっかけとなりました。
野中センサーのチップは丸いシリコンの板の中に小さな部品の構成を作り込み、あとからバラバラにするという方法で作られます。CD一枚分の面積に数千個のチップが並んでいる感じですね。右の写真がその中の一個を拡大したものです。チップの中央の丸く盛り上がったところの中に酸化スズ薄膜があるのですが髪の毛1本分の面積と同じくらいなんです。
省電力センサーのチップの拡大写真。
チップの下にあるのは人の毛髪(太さ約0.1mm)
大西省電力センサーは髪の毛1本分くらいのわずかな面積の中に柱状の酸化スズ薄膜があって、その上に触媒層が乗せてあります。この感応部を約百µmまで小さくすることにより局所的に400℃に加熱することで必要な電力を小さくしました。従来機は常時、電流を流して加熱している状態で、熱してから400℃に達するまで数秒かかっていたんです。それに比べ、今回開発した新センサーでは一瞬で400℃に加熱することができ、確実にガスを検知できます。しかも1分間に数回だけ瞬間的に電流を流してガス漏れをチェックし、それ以外の時は電流を流しません。このように、センサーの駆動パターンを変更することで加熱時間を極端に短くすることができました。その結果、従来センサーと比べて加熱電力が約1/600になったのです。
大西警報器は保安機器です。いつの間にかガス検知ができなくなることはあってはなりませんし、逆にガス漏れが発生していないのに警報を鳴らすということが頻繁におきるとお客さまに大変なご迷惑をお掛けすることになります。そのため、不具合の発生率を徹底的に低く抑える必要があるんです。
大西たとえば家電機器には故障率というものがあって1年間にどのくらいの確率で故障が発生するのかを%で表します。しかし、警報器は100万分の1というPPM単位で品質管理をしなければならず、しかも設置から3〜5年間、性能を保証しなければなりません。1980年の発売以来、市場で起きた現象や現場設置後に回収した製品の分析結果などを基に改良を積み重ね、現在のガス漏れ警報器の故障率は通常の工業製品に比べ、極端に低い水準に達しています。
大西このセンサーの開発中に、消費生活用製品に係わる重大事故の発生が相次ぎ、製品安全に関する社会的関心が高まりました。これを機に、製品の安全性や信頼性に対する社会的な要求レベルが格段に上がったのです。実は、研究を始めて約5年後には長期間電池駆動できる省電力化が実現可能であることが確認され、早速実用化を進めようとしていましたが、「市場実績のまったくない新センサーの採用は、これまで築いてきた警報器の高い信頼性を損なう恐れがあるのではないか」との声が社内で強くなったため、商品化に向けての計画が一旦行き詰まりそうになりました。 こうした状況を打開するために、市場に出す前に、長期信頼性を充分に確立する必要があり、市場での長期信頼性をラボにおいて短期間で評価できる手法の開発も必要になりました。製品に対し安全性をシビアに求めるという社会的ニーズは私たち開発者にとって、とても大きな壁でしたがチーム一丸となって研究開発を続けることで無事、乗り越えることができました。