DEVELOPER INTERVIEW
開発者インタビュー
電池式「ぴこぴこ」を実現した夢の技術、超省電力メタンセンサーの開発
「ぴこぴこ」は、万一のガス漏れや不完全燃焼による室内での空気の汚れを検知し警報する家庭用ガス警報器。発売以来、改良を重ね、たくさんのご家庭に安心・安全をお届けしてきました。
これまで蓄積してきた技術の粋を集め、16年もの月日をかけて挑んできた電池式「ぴこぴこ」用ガスセンサーの開発プロジェクト。次々と立ちはだかる難問をどのように解決したのか、夢の技術をなぜ実現できたのかなど、製品誕生までの開発秘話を2名の開発者が語ります。
エネルギー技術研究所
大西 久男
野中 篤
大西都市ガスの主成分であるメタンを検知するには金属酸化物半導体(酸化スズ)センサーを400℃に加熱して、メタンを検知する反応を起こさなければなりません。これが電池駆動化の大きなハードルでした。電池で数年もの長期間動かすためには、現行型からさらに約1/1000の消費電力にする必要があったのです。
大西消費電力を少なくするには、センサーを小さくすることが効果的です。初期型は米粒くらいのサイズで消費電力は約1Wでした。AC電源式の現行型センサーの体積は初期型の約100分の1、消費電力は約0.2~0.04Wまで低減しています。このまま単純にセンサーを小さくするだけでは、消費電力をさらに3桁も低減するのは難しい。これまでの技術の延長線上では無理だということから、ガス警報器のコードレス化は永年「夢の技術」と言われてきました。
電子顕微鏡で見た、メタン高感度酸化スズ薄膜の断面
大西センサーを抜本的に薄く微小化する研究に、国内外の大手半導体メーカーをはじめ多くのメーカーが取り組みましたが、いずれも成功には至りませんでした。メタンに対して大きな感度を得ることが難しく、また、感度が変化しやすかったことから、「薄膜ガスセンサーの実用化は困難」と言うのが業界の常識となっていました。当社でも、大きなメタン感度を安定して得ることに苦労し、研究開発を一時中断したという歴史があるんです。
大西実験を続けていたある日、メタンに関して高い感度を示すものが見つかりました。酸化スズ薄膜の断面を電子顕微鏡で見てみると、不思議な柱状の構造になっていることがわかりました。これは圧力換算ミスをしたことにより生まれた「偶然の発見」なんです。
大西私たちは、真空中に少量のアルゴンガスを注入して酸化スズ薄膜を製造する研究をしていました。ある時、アルゴンの量を誤って過剰に注入したところ、無数の小さい柱が林立したナノサイズの柱状構造の酸化スズ薄膜が形成できました。ちょうどその頃は圧力の単位を世界的にSI単位系に統一することになった時期で、従来のTorr(mmHg)単位からPa(パスカル)単位に変換する計算を一桁間違えてしまって。普通は間違った条件で製造したものを計測することはしないと思いますが、セレンディピティーを大切にして、計測してみたことが大きな発見につながりました。これをきっかけに、薄膜作成条件を最適化した結果、感度が非常に高く、長期的安定性も高い酸化スズ薄膜を得ることに成功しました。
野中当時のセンサーはアルコールや水素などにも反応していました。ある時期、兵庫県で誤報が多く発生し詳しく調べてみると、「いかなごのくぎ煮」が原因でした。センサーがみりんに反応したんですね。
大西当初は、メタンと水素の両方を検知するセンサーを開発しようとしていました。このセンサーはメタンと水素の感度を等しくする必要があるため、メタンと水素を同程度透過する触媒層の研究をしていたのですが、触媒を合成するときになぜか間違って百数十度も高い温度で焼いてしまったんです。その結果、メタン以外を酸化除去する性能が高くなり、メタンを酸化する能力だけが失われた触媒が得られました。このメタン以外を選択的に酸化除去する触媒を発見したことで、メタンのみを検知するセンサー開発に着手することになりました。そして、誤報の原因となる成分の感度を大きく抑制できるようになったんです。
野中ここでも、セレンディピティーを大切にして、「偶然の発見」がもたらす画期的な可能性に気づいたことが研究開発の大きな一歩につながりました。