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大阪ガスは、「いただきます」で育もう。をスローガンに、食育活動に取り組んでいます。

食育シリーズ

SHOJIN 「世界に誇る日本の根本料理 天の恵みをいただく」 続編

エッセイ その2  体も心も喜ぶ、マンマミーア!

今年に入って、サンフランシスコ、パリと、海外に旅立つことが増えました。それも滞在期間が長く、一箇所で二ヶ月にも及びます。そうすると、単なる観光旅行と違って、裏表が良く見えて、いろいろ感じ、考える機会も増します。どちらも、人気スポットで、観光客の名所でもありますが、同時に、食の都でもあります。パリは言わずと知れた、歴史のある世界に誇る食のメッカ、かたやサンフランシスコは、歴史は浅いが、恐らく世界で最も食の意識の高い都市。いろいろな意味で対照的な街にしばし滞在して、料理し、食した経験談を少し披露します。

 

【パリ、マルシェ・プレジダン・ウィルソン
(Marche President Wilson)の八百屋さん】
パリジェンヌのお気に入り、ホワイトアスパラガスが立派に育ちました。日本へも輸出されますが、さすがに深みのある味わいです。

 

<マンマミーアの作り方>
今、筆をとっているところは、イタリア、ピエモンテの友人のシャトーです。街の喧騒から離れて、静かに、穏やかに身も心も癒されます。マンマミーア、それは、お母さん大好き、いわばこの地は、マザコンのメッカでもあります。私も母が大好きで、特に家事に勤しむ時にいつも寄り添っていた小さい時の記憶があります。料理はもちろん、買い物にしても、お裁縫の時も端切れで、真似して針と糸で、小さな人形の服を作った覚えがあります。小さく粗末な台所ながら、これでもかと、次々出てくるお皿の数々は、魔法のようです。母が作る料理が、何よりも美味しく嬉しいのです。父の食と教育には、できる限り支援するという方針もあって、つくづくこういう環境で育ったことに感謝します。そうやって、マンマミーアは育てられます。イタリアも日本も根っこは同じです。気取らない、毎日食べても飽きない料理こそ、最高のご馳走。そこには母の顔があり、父の考えがあり、深い愛情があります。今この顔のある料理が危うくなっています。おフクロの味も、本当に袋に入った既製品の味に変わり、チンと数分で、あたかも自ら作ったかのような夢?の料理が広がります。誰が、どこで、どうやって作られようが無関心で、恥じらいもなく食卓に並びます。忙しいからしょうがない、が口癖になり、子供たちと関係のないところで、手抜きは進みます。こういう環境で育った子供たちの将来が心配です。何より腹立たしいのは、いつの間にか食品企業の言いなりになっていることです。かつて、その類の企業の内情を見たことがあります。大勢の人たちで組織化されていますが、そのほとんどの人たちが、食のイロハも分からず、ただ歯車の一つとして働いていることです。例えば、ご飯一つ炊いたことのない人間が、炊き込み御飯の素を自社の商品として売り歩いているのです。

【ピエモンテの朝市】
不揃いの採れたて野菜や果物が勢ぞろい!
いい顔した作り手とのコミュニケーションも楽しみ。


ましてや、食とは何ぞや、その歴史、思想、哲学あるいは作法も含めて食文化を背負っているという意識がないまま、顔の見えない食品を売りさばき、また一方で、それを喜んで、何も考えずに手にする人の多いこと。これは残念ながら、企業に限らず、かの三ツ星レストランでも同じこと。そこで働く若きシェフたちは、工場の流れ作業よろしく、虚無化されたラインの一つになって言われた通りの仕事だけをします。そこには、およそ食材を敬う気持ちも、料理する喜びも、感謝の念も微塵も感じられません。ましてやクリエイティビティやセンスなど発揮する機会も必要性もありません。

【ホワイトとグリーンのアスパラガスの寒天寄せ
ビーツのソース】
滞在中、現地野菜を使っての精進料理を作りました。
寒天は珍しく、優しい風味に包まれています。
ゼリーに代わって広がればいいのですが。

<料理はお仕事ですか>
ある時、それらを率いる料理長にこんな質問を投げてみました。「ところで、あなたは家では料理するの?」すると、いぶかしく、何を聞くのかと言わんばかりに、「全然!」。職場だから料理する料理人が割と多いことに改めて気づきました。そして、この意味を少し考え込むことになり、およそ料理とは何だ?料理人とは?と自問自答する毎日です。世の中には、食を仕事としながらも、家で自分や家族のために作る人間が割と少なく、家に帰って、作ってくれる人がいれば作ってもらい、一人ものなら、気軽に外食で済ますのです。それでは靴職人はどうでしょう。自分や家族のために最高の靴を作らないで、既製品を買うのでしょうか?陶芸家はどうでしょう。我が家の食器は、自分の作品で溢れていて欲しいと思うのですが、どんな器でも使えればいいのか。お医者さんは、お花屋さんは、、、、といろいろ膨らませては、いつの間にかしぼんでしまうのです。私は、縁あって食の世界にいますが、もし建築家になっていたら、恐らく、いや必ずや、自ら設計し、できる限り左官屋さん、大工さんなどの職人とともに、手作り感を楽しみ、自分なりに納得のいくものを作るでしょう。ネームバリューだけで、だれが作ったか分からないものに、生涯の一大買物を託すわけがありません。とりわけ、人類の文化の三大柱である「衣、食、住」はその傾向は強いはずです。なぜならば、最も人の生活や文化と深く関わっているからです。ところが、パリコレ然り、フレンチも、あるいは有名建築家先生のお建てになる「作品」は、もうすでに、異質のものになっています。ショーのための衣装であり、ブルジョワの喜ぶ不健康で飾り立てたガストロノミーであり、コンクリの打ちっ放しのように、およそ住む人たちの住み心地は二の次の箱であります。いづれも、見掛け倒しで、不健康で、金と名声欲しさの醜い行為に映ります。文化人気取りした、文化屋さんが溢れ、不思議にも、そういう世界に憧れる若い人の多いこと。

<日本人になる!>
私ごとですが、大学卒業後、就職をしたものの、生涯かけて働く実感がないまま、悶々としていた頃、日本人として生まれ、日本人らしく生きることとは何かを考えていました。その中で、この身に、日本文化の一片でもたたき込みたいという思いが強くなり、またさらに、衣食住のいずれかの世界に関わり、生涯の仕事としたいと思いました。そもそも、他人のやること、流行っていることには興味が無く、地に足のついた骨太の仕事を求めていました。そんな折、縁あって、京都の外れにある小さな禅寺に修行に入ることとなり、はじめて「日本人になる」という実感を得ながら、毎日見るもの聞くもの全てが別世界の、伝統的日本文化の真っ只中に三年間みっちり鍛えられ、身を置かせてもらったのです。そこは、まさに、伝統的衣食住の坩堝でもあり、日本文化のほとんどすべてが集約されています。精進料理はもとより、歴史、宗教、哲学、書、絵画、掛け軸、篆刻、茶道、華道、香道、庭園、灯籠、建築、しつらえ、礼儀作法、掃除、接客、器、道具、衣装、履物、火鉢、炭、和紙、音楽、菓子、植木、石、家具、座布団、敷物、井戸、、、祭壇やお供えの準備、手紙の書き方、叱られ方、、、切りがありません。お寺とは本来そういうところでした。かつてのお寺は今で言う総合大学、いやそれ以上です。都会育ち、戦後60年生まれの私には、はじめて、そこで、日本を意識でき、日本人になれたのでした。環境も去ることながら、それらの中心には、我が師匠、村瀬明道尼様があっての世界です。すばらしい師匠に出会えたことは、盲亀浮木のごとき、人生に一人と会えないほど大きな影響力のある方です。20代の若い時に、大きな師に出会えたことは幸いです。この三年間で何を学んだのか?一言ではなかなか難しいことですが、「食が命であり、すべての根幹であること」だと思います。ですから、そこでは、手抜きやいい加減は許されません。一瞬一瞬が真剣勝負で、一心一体です。これほど食に真摯に向き合うことは、なかなかないでしょう。機械一つ使わず、手間暇を惜しまず、寝る時間を削っても丹精込めて作られます。すべての仕込みは前日から作り置きもせず、早朝、三時からの胡麻擂りに始まります。最近とみに和食屋さんで見かけますが、冷蔵庫の中でタッパーに仕込まれた調理済みの品々の多いこと 。冷蔵庫がなかったらどうなっちゃうのかな、と思うほど、冷蔵庫からおかずが次々出てきます。冷蔵庫に入れた瞬間ほとんどの食べ物は氣を失います。夏場に限らず、年中冷蔵庫内でギンギンに冷やされた料理を好んで出すところが増えましたが、料理の根本が、何なのか分からず、何も考えず、ただ傷みにくいからというだけで、平気で冷蔵庫にお任せします。同様の必需品が電子レンジ。三ツ星レストランでも、居酒屋でも当たり前の顔して厨房に鎮座していますが、電気の力で瞬間に調理あるいは加熱する。これも、冷蔵庫と同じく、まったく、食材に対しての配慮の欠けた調理といえます。誰もが、チンという音に慣れっこになっています。お店でこの音を聞く度に、その場から逃げ出したい衝動にかられます。これらを口に入れることに強い抵抗感があるのは、私だけでしょうか。長い歴史の中で、人類が編み出し、培われた食への技術や知恵そして思いは、「便利」の二文字によって、いともたやすく、捨て去られます。

<「料理」の二文字>
それでは、「料理」の二文字はどういう意味でしょう。理(ことわり)を料(はかる)と読みます。真理、原理、心理の理です。それを、計る、でも、量る、でもなく、料るのです。「料」は「一斗の米」です。10升=18Lのお米、(10斗=1石、一年の大人一人のお米消費量)約一人が一ヶ月に消費するお米の量と思ってください。そんなに食べないと思う人が多いでしょうが、当時はご飯が何よりのご馳走で、かつ完全食です。極端に言えば、他に何もいらないほど豊かで貴重です。厳密には、豆が必要になりますが、先人は、百も承知。味噌汁、納豆、煮豆、きな粉、、、とちゃんと工夫して当たり前に食べ、体が喜ぶ食を作り上げていたのです。それらは、メジャーカップやメジャースプーンや栄養表など数字では、計れない食の世界です。お米一粒は、稲が育つための自然現象から、お百姓さんの思いや労力など、ミミズ一匹に至るまで天地万物の慈愛に満ちた奇跡の結晶であり、その長く深い過程を料るのです。「料理」の二文字に隠された意味、つまり先人のメッセージは、「我々の料理は、お米づくりを最も大切にし、生活の根幹として扱い、さらに、多くの知恵を絞って、生命や宇宙の絶対的普遍的恒久的価値を追求し、身につけ、健康で健全な生活の柱にし、文化として人類の誇りに導きましょう。」と解釈しますが、いかがでしょうか。ちょっと大げさですか。けれども、この二文字は、たいへん重いです。他のどの言葉と比べても重いです。我々は、ひょっとしたらこの言葉は使えないほど、軽々しく料理しているのかもしれません。ましてや、料理人を名乗ることも恥ずかしいくらいです。チンやウイーがなければ、料理できないほど、知恵や思いが退化して怠惰になっています。そこには、料理の真の喜びは見当たりません。どうかお願いです。今一度、よく自分自身の料理を見つめてみてください。この文字に恥じない料理を実践しているか。先人の言葉が聞けないほど、鈍くなったのか、そんな親の言うことを我が子は聞くはずがありません。

【日仏合作ちらし寿司】
トマト、絹さや、えのき茸、ベビーアスパラ、
ひじき、人参、ごぼう、海苔を使いました。

<ハレ×ケ+コメ=お便り>
和食の「和」、禾編に口です。禾はたわわに実った稲穂の姿、つまり、お米を口にすることが、「和」です。日本人、日本の文化は全てここから始まっています。パンや肉ではないのです。それらに勝る、我々先人の最高の発見がお米です。その思いをよく思い知ることから料理が始まっているのです。美味しいご飯くらい自分で炊けないと、罰が当たります。電気炊飯器ではなくて、鍋で火の力で、炊いてください。料理云々は、それからです。炊きたての、お焦げのほんのり香るご飯をいただいた時、我々のDNAは、喜び、新しい活力となり、感謝の気持ちでいっぱいになります。 先日までパリのアパートで、スペイン産のお米をお釜で炊いていたことが、思い出されます。ストレスの多い中でどれほど救われ、癒されたことか。外食が続くと、お腹や体全体の調子が悪くなります。ご馳走のはずなのに、体は喜んでいないのです。ハレの料理が続くと、体はびっくりします。ケの料理(ふだんの食事)は体に優しく毎日欲します。外食は内食があっての、たまのご馳走です。度重なると、害食になりかねません。ケの生活があって、ハレを楽しめます。ところが現在は、毎日がハレになってしまいました。世界中で、毎日ハレを望みます。ケがなくなってくると、体も心も疲れてきます。そして、悲鳴をあげて、病気になるのです。
私の第二の脳、大腸はたいへんデリケートで、優秀です。毎日ご飯と味噌汁と漬物がなくては、機能を拒絶します。厄介ですが、私の宝物ですから、できる限り腸の意向に沿えるよう努力します。これも大事な料理人の営みです。そして、毎日、腸からのお便りを拝読して、体が、心が喜んでいるかをチェックします。母親が赤ちゃんの体調を見るのと同じです。そこには、大切なメッセージがあります。 だから、大きな便り、「大便」なのです。美しい便りはこの上ない喜びです。そういうお便りがもらえるように、心して、我が小さなポストの口はあります。一字一句丁寧に書かれた心のこもったお便りを頂いたら、誰もが嬉しいですよね。細胞たちはそれを望んでいます。メールなどのやり取りだけでは、まさに、ファーストフードを食べているのと同じ。味気ないものです。さて、今日はどんな体へのお便り=料理を作ろうかな?意識と細胞の深くて長いコミュニケーションが続きます。

<お・も・て・な・しの国?思っても何も無し!>
最後にもう一つ、海外のどこの地でも、家庭に迎えていただき、手作りの料理を振る舞ってくれました。決して、大げさな料理でもなく、特別扱いしたり、背伸びすることなく親しみを持ってその時間を皆一緒に楽しむのです。トスカーナのオリーブ研究家のお家では、ピザ釜があり、手作りのピザとかパスタ、チーズに、プロシュート、もちろんワインで乾杯です。私もお返しに即席手作り餃子を皮から息子さんと友達まで巻き込んで、焼いたり、蒸したり。具に人参、ズッキーニ、ナス、ジャガイモを細かく刻んで味付けた精進餃子と、冷蔵庫にあった牛肉のミンチに卵、バジル、塩でよく練ったイタリア餃子を皆で手分けして作りました。粉もの対決?大いに喜び、盛り上がった夕べでした。残念ながら、今の日本では何故かこういう習慣がほとんど消えてしまいました。どうしてでしょう?私の母は、狭い家でも喜んで、人を呼んでは、食べきれないほど作っては、持ち帰ってもらいました。その時の母の嬉しそうな顔は今も鮮明に覚えています。飲んだり食べたり、話が盛り上がり、小さな食卓が至福の時間になっていました。パリの友人夫妻が、何度となく日本に来ていて、日本の友人も数多くいるけれど、一度も家に呼ばれたことがないと、嘆いていました。これこそ、今の日本の食の根本的問題の核心かもしれません。それを聞いて、つくづく恥ずかしくなったと同時に、日本人が食で楽しみ、交流することをいつの間にか忘れた事に、危惧を覚えます。和食が世界無形文化遺産に登録されたのに、おもてなしの国がこのような寂しい状況、貧しい精神では、世界に顔向けできません。先ずは家庭の食、母の味が主役になるべきだと思います。マンマミーアは世界の合言葉です。そして、最高の喜びです。

田菜箸 トシオ(棚橋 俊夫)


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