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所長雑感 2012年01月14日

新しい海、古い船と水夫たち

木全 吉彦

年が改まって2012年、成人の日前後のメディアにはいつものように新成人の顔や声があふれています。今年満20歳を迎えるのは122万人(総人口に対する比率は0.96%)。大阪万博の年1970年には団塊の世代の実に246万人(同2.40%)が成人を迎えていたことを思うと、歴然とした少子化の現実に愕然とします。

しかもこの傾向が顕著になってきたのは、団塊ジュニアが成人を迎えるピークだった1994年以降、ほんの20年足らずのことです。1990年代初頭までは、毎年200万人前後の新卒者たちが企業等に就職して、新しい価値観を吹き込み、組織の新陳代謝が進みました。「若者たち」のライフスタイルが消費をリードし、流通業界に変革を促し、年長者の購買行動にも影響を与える…そんなサイクルが確かにあったように思います。

円高・デフレ、将来不安、格差の拡大、etc…それぞれ簡単には解決できない課題ばかりですが、日本の社会にとって深刻な問題は少子高齢化に伴う国内市場の絶対規模の縮小と新陳代謝の停滞ではないでしょうか。そんな時、ふと浮かんだのが、「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」というフレーズです。日本のフォークソングの草分けのひとつである「広島フォーク村」のアルバムのタイトルですが、調べてみると、これがリリースされたのが1970年、246万人の新成人が誕生した年なのです。

このタイトルはアルバムの中の1曲、吉田拓郎作詞・作曲の「イメージの詩」の歌詞から採られています。そこに込められたこころは、当然、「古い船をいま動かせるのは新しい水夫だ」であり、船が新しいか古いかによらず、今、すなわち新しい時代に動かすには、新しい人が必要であり、旧世代の智恵や経験は新しい時代にはかえって障害になりかねない、ということなのでしょう

新しい人すなわち若者は果敢に新しい海に漕ぎ出して行き、古い人すなわち高齢者は若者に船を委ねて、浜でのんびりと過ごす…高度成長期にはそれが理想とされ、ある程度それが実現されていったように思います。(無論、一部には理想と現実のギャップがあり、それを埋めようとして学生運動をはじめとする社会動乱も起きたのでしょうが…) 団塊の世代に象徴的に見られるように、そこでは一人ひとりの問題意識や知識の水準(レベル)×人数の多さ(ボリューム)が若者パワーの源泉だったのだと思います。

ひるがえって現在、
海は刻々とその姿を変え、常に新しい海として我々の前に立ちはだかっていますが、そこに漕ぎ出す船は古い船がほとんどで、アジア新興国の新しい船に比べると大きいだけで機動力に欠けそうです。水夫はと見ると、乗っているのは高齢の古い水夫が多く、新しい海の波の高さにややひるんでいるように見えます。若く、新しい水夫もチラホラ見えますが、古い船に乗り込むのを躊躇するかのようです。年々小さくなる「ボリューム」をカバーできるほどに「レベル」を上げることは決して容易なことではありません。
このままでは、古い船が碇を揚げるのは難しく、新しい船が跋扈するのを手をこまねいて見ているばかりです。

しかし、震災の影響もあるのでしょうか、若者たちの中には長く続いた自己中心のミーイズムに訣別し、人や社会に役立つことに価値を見出す動きが現れてきています。草食系とも称される独特の「ゆるさ」には一抹の不安を感じますが、他者に対する「やさしさ」は、少子高齢・低成長ではあっても、人々が幸福を感じられる新しい社会を作る原動力になり得るのではないでしょうか。一方、ベテランの智恵も、決して古い海での知識や成功体験に限りません。むしろ、豊富な経験に基づいて本質やメカニズムを熟知し、不測の事態に臨機応変に対応できるところまで到達しているはずです。

少子高齢化が進む日本では、富や幸福の配分をめぐって世代間対立が深まりつつあるように見えます。しかし今、日本が目指すべきは、世代間対立でもドラスティックな世代交代でもなく、多世代の融和・協働ではないでしょうか。古い水夫と新しい水夫が互いに足らざるとところを補い合って、今まで見たこともない状況を読み解き、操法を工夫して新しい海に漕ぎ出して行く、今年がそんな時代の始まりの年になることになることを願ってやみません。

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